「失笑」は「笑う」のか
失笑を買う、といったときの「失笑」は、呆れるあまり笑いも起きないような様子を指して使われることも増えていますが、辞書が本来の意味としてきたのは、「こらえ切れずに吹き出してしまうこと」です。
いわば、「失言」の「失」と同じで、するつもりがないのにしてしまう、という意味合い。つまり、「笑うつもりがなかったのに笑ってしまうこと」を指します。
一方で、文化庁の「国語に関する世論調査」では「失笑する」の意味について、以下のような数字が出ています。
「失笑する」とは
(ア)こらえ切れず吹き出して笑う……26.4%
(イ)笑いも出ないくらいあきれる……67.0%
同じ質問は平成23年度にもあり、そのときは(ア)が27.7%、(イ)が60.4%で、その十年あまりのあいだに、(イ)がさらに増えたことになります。
作家の使い方
それでは、文豪たちは、この「失笑」についてどういった使い方をしているのでしょうか。
文豪用例帳で検索した際、それほど数は多くありませんが、夏目漱石や坂口安吾などに使用例が見られます。
どれも、笑うつもりのなかった人が笑ってしまう場面です。
もっとも、その笑いがいつも好意的だとは限りません。相手を見下した笑い、呆れ半分の笑いとして書かれている例もあります。ただ、そこでも人は笑っています。声が出ているか、少なくとも顔がゆるんでいる。「笑いも出ないくらいあきれる」との違いは、そこにあると言えるかもしれません。