文豪用例帳

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心は腐れ、器物は穢れぬ。中原中也『地極の天使』 心は焦る、気は揉める、手は離せない。夏目漱石『坑夫』 愛の心に映る宇宙は深き情けの宇宙である。夏目漱石『野分』 鋼鉄製の剣には、心がないのだ。江戸川乱歩『魔術師』 今の身と、今の心は自分にさえ気の毒である。夏目漱石『虞美人草』 なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。坂口安吾『堕落論』 心の窓はかくしきれない。坂口安吾『街はふるさと』 民衆の心裡というものは元来そんなに頼りないものなのだ。太宰治『惜別』 素手の力で勝たないことには、おのれの心がすっきりしない。太宰治『ロマネスク』 由来最大の臆病者ほど最大の勇者に見えるものはない。芥川龍之介『侏儒の言葉』 好人物は何よりも先に天上の神に似たものである。芥川龍之介『侏儒の言葉』 悲しみは、金を出しても買え、という言葉が在る。太宰治『善蔵を思う』 誰かが楽しい時にはきっと誰かが悲しんでると見てもよろしいぐらいですよ。坂口安吾『安吾人生案内』 墓場の無い人って、哀しいわね。太宰治『フォスフォレッスセンス』 すぎた悲しみというものは問題にする必要がないものだね。坂口安吾『安吾の新日本地理』 その悲しみを浪費したり、その果てるのを欲したりしてはならない。堀辰雄『心の仕事を』 其処にはただ暗い夜と明るい昼と、悲しいことと楽しいことしかありません。小川未明『童話の詩的価値』 渡り鳥というのは悲しい鳥ですな。太宰治『彼は昔の彼ならず』 花は咲けども実のらぬ悲しさを伝えたものであろうか。坂口安吾『肝臓先生』 悪人の心は悲しいものである。坂口安吾『我が人生観』 ああ、民衆の生活というものは、とても、なつかしくて、そうして悲しいものだ。太宰治『正義と微笑』 悲しいたびに泣いていたら、朝から晩まで泣いていなければならなかったからである。江戸川乱歩『影男』 ただいちばんのさいはひに至るためにいろいろのかなしみもみんな、おぼしめしです。宮沢賢治『銀河鐵道の夜』 それでもどうしてもかなしくて仕方なかったのです。宮沢賢治『土神ときつね』 ただその物語の美しさが、僕らにはすこしばかりいらだたしく哀しかつたのだ。立原道造『夜に就て』 一人で零落れるのは二人で零落れるのよりも淋しいもんだ。夏目漱石『坑夫』 くるいすぎたあとに、いつも感じるさびしさである。新美南吉『久助君の話』 淋しい異境の空で、たとえ犬一匹でも、なかまの多いのは心丈夫というものです。江戸川乱歩『新宝島』 いっそ発狂したい、と思っているうちに、その苦しみが、ふうと消えて、淋しさだけが残った。太宰治『正義と微笑』 お道化を演じて、人に可愛がられる、あの淋しさ、たまらない。太宰治『正義と微笑』 僕は君と離れては、淋しくて生きていられないことが、しみじみ分った。江戸川乱歩『孤島の鬼』 さびしい花が日の暮を待つように咲いている、真夏の胡麻畑である。芥川龍之介『首が落ちた話』 草は、夜々、大空に輝く星の光を仰いで、独りさびしさに泣いたのです。小川未明『山へ帰りゆく父』 悲しいことも、さびしいことも、数あまりあるほどのいろいろなめに遇うてきました。小川未明『公園の花と毒蛾』 一人でゐるのは寂しいのだ。新美南吉『良寛物語 手毬と鉢の子』 孤独ということは、あり得るかもしれない。太宰治『徒党について』 青春は人生の花だというが、また一面、焦燥、孤独の地獄である。太宰治『困惑の弁』 智慧の実は、怒りと、それから、孤独を教える。太宰治『正義と微笑』 人は孤独で、誰に気がねのいらない生活の中でも、決して自由ではないのである。坂口安吾『日本文化私観』 まったく、思いだしてみると、孤独ということがただ一筋に、なつかしかったようである。坂口安吾『日本文化私観』 けれども、この孤独は、いつも曠野を迷うだけで、救いの家を予期すらもできない。坂口安吾『文学のふるさと』 そして茲で何がなし附加へてみたいのは、孤独を恐れぬこと、といふことである。中原中也『詩と現代』 その夜にもし電燈の光といふものがなければ、人間は暗闇と孤独のために悶死するかも知れない。坂口安吾『ヒンセザレバドンス』 おれは、ひとりぼっちなのだ。太宰治『猿ヶ島』 しかし、これほど低能でも、自分を孤独とみる悲しさがあるのは、人間というものは切ないものだ。坂口安吾『安吾人生案内』 本を読まないということは、そのひとが孤独でないという証拠である。太宰治『如是我聞』 私は今は、生れてはじめて孤独です。太宰治『風の便り』 今や私は、何の役にも立たぬ厄介者だ。中島敦『光と風と夢』 涙の源がかれ果てたのだ。江戸川乱歩『白髪鬼』 けれども彼は心に暗黒の涙を流した。坂口安吾『吹雪物語』 その優しい微笑が、ありがたくて、うれしくて、自分はつい顔をそむけて涙を流しました。太宰治『人間失格』 不覚にも、僕は、涙が流れた。坂口安吾『古都』 私は不断の泣虫にも似合わず、涙一滴こぼしては居ないのである。谷崎潤一郎『母を恋うる記』 しかし、ちょっと眼頭が熱くなっただけで、涙は一滴も出なかった。太宰治『パンドラの匣』 涙が出るうちは笑う事も出来るにきまってる。夏目漱石『坑夫』 おや、悲しくもないのに涙が出ました。太宰治『新ハムレット』 私の頬ぺたはこんなに涙で濡れているのだよ。谷崎潤一郎『母を恋うる記』 唄には全然感動しなかったが、あの真剣な気魄には、私は思わず涙が溢れた。坂口安吾『安吾の新日本地理』 それは、片恋というものであって、そうして、片恋というものこそ常に恋の最高の姿である。太宰治『チャンス』 あなたは、恋をしたら、不幸になります。太宰治『斜陽』 愛し合ふ男女は、愛情のさなかで往々二人だけの特別の世界に飛躍して棲むもの。坂口安吾『阿部定さんの印象』 私は、あなたさまを愛しています。太宰治『古典風』 それはもはや愛の休止符だ。堀辰雄『燃ゆる頬』 恋愛はよこしまなものにきめられていて、清純な意味が愛の一字にふくまれておらぬのである。坂口安吾『恋愛論』 恋愛の情は同じ一つの狂気とは云え、あの人と私の心は同じものではなかった。坂口安吾『三十歳』 我々の愛が始まるときには必ず愛情のさめる日を意識しなければならないのだ。坂口安吾『吹雪物語』 あの人を、一ばん愛しているのは私だ。太宰治『駈込み訴え』 私は今こそあなたを愛すことができると信じられるようになったのです。坂口安吾『ジロリの女』 いや、我我の自己欺瞞は一たび恋愛に陥ったが最後、最も完全に行われるのである。芥川龍之介『侏儒の言葉』 すべての人は生きねばならぬ。夏目漱石『倫敦塔』 人生は短し、芸術は長し、それは勝手だ。坂口安吾『私は誰?』 君が精いっぱいに生きているように、僕だって精いっぱいで生きているのだ。太宰治『虚構の春』 皮だけで生きている人間は、土だけで出来ている人形とそう違わない。夏目漱石『虞美人草』 どうも人生は儚いものに違いない。国木田独歩『酒中日記』 最早自分は人生から学ぶべき何ものも無いよ。中島敦『光と風と夢』 これからは自分が生きて、自分が何かをつかむのだ。坂口安吾『決闘』 生きる目標を与えて下さったのは、あなたです。太宰治『斜陽』 あえて死を怖るるとは云わず、ただ生きねばならぬ。夏目漱石『倫敦塔』 行ける所まで行くのが人生である。夏目漱石『野分』 人間は生きることが、全部である。坂口安吾『不良少年とキリスト』 夢が人生を殺したのである。坂口安吾『牧野さんの祭典によせて』 生きるためにはぬるま湯に限るものだ。坂口安吾『中庸』 生きてみせ、やりぬいてみせ、戦いぬいてみなければならぬ。坂口安吾『不良少年とキリスト』 生きて行くためには、愛をさえ犠牲にしなければならぬ。太宰治『姥捨』 間ちがっているかもしれないけれども私はそう思うのだ。宮沢賢治『なめとこ山の熊』 こんなにむなしく命をすてず、どうかこの償には、まことのみんなの幸のために私のからだをおつかひ下さい。宮沢賢治『銀河鐵道の夜』 浮世はその雲と同じことだ。谷崎潤一郎『二人の稚児』 それは、待つてゐる時間は、待つてゐない時間よりも、その待つてゐるものを見えなくするからだ。立原道造『白紙』 竜になりたいという気持だけになって、お前というものが消えてしまえばいいんだ。中島敦『悟浄歎異』 死があってこそ生ということがあるのだ。小川未明『死と話した人』 お金が山とあっても死にたい時に人は死にます。坂口安吾『裏切り』 死んでしまえば人生は終りなのだ。坂口安吾『教祖の文学』 つまりあらゆる情熱は死よりも強いものなのであろう。芥川龍之介『侏儒の言葉』 私は妻のために、命を引きずって世の中を歩いていたようなものです。夏目漱石『こころ』 性格は我々にとつて宿命的なものではない。坂口安吾『吹雪物語』 生きることには値打があるが、死には一文の値打もない。坂口安吾『牧野さんの死』 死んでしまった人は、消えたも同じものだ。小川未明『ちょうと三つの石』 運命にまかせるか、完全にねじふせるか、である。坂口安吾『武者ぶるい論』 僕はもう虫をたべないで餓えて死のう。宮沢賢治『よだかの星』 真に感じ、真に考え、真に味い得た刹那にあっては死は決して怖るべき者でない。小川未明『夕暮の窓より』 あなたは、美しい作家です。太宰治『風の便り』 私は、その人を美しいと思った。太宰治『デカダン抗議』 目をつぶれば、あとにとまらぬ美しさである。坂口安吾『木々の精、谷の精』 現代の人は明るい家に住んでいるので、こう云う黄金の美しさを知らない。谷崎潤一郎『陰翳礼讃』 彼女の美しさは僕に、よく熟していまにも木の枝から落ちさうな果實のそれを思はせた。堀辰雄『不器用な天使』 一年経ち二年経ち、薄暗い部屋の中で誰にも知られず、むなしく美しさを増していました。太宰治『ろまん燈籠』 じつにそのすきとほつた綺麗な風は、ばらの匂でいつぱいでした。宮沢賢治『銀河鐵道の夜』 むしろ、雪のなかは温かで、なんのもの音もなく、非常に平和だ。堀辰雄『大和路・信濃路』 事を成すのが困難であるから幸福である。夏目漱石『野分』 人間はどこで何をしている方が幸福だという定まった場所があるわけではない。坂口安吾『街はふるさと』 女房のカツレツを満足して食べ、安眠して、死んでしまう方が倖せだ。坂口安吾『青春論』 幸福な一対に限って、時に大紛争を起しがちなものです。坂口安吾『街はふるさと』 人間の幸福はそんなところにはない。坂口安吾『魔の退屈』 特に幸福な人間も、特に不幸な人間も、いるものか。坂口安吾『街はふるさと』 最も幸福な芸術家は晩年に名声を得る芸術家である。芥川龍之介『侏儒の言葉』 なにが幸福か、不幸かということは、神さまだけにしかわかるものでありません。小川未明『曠野』 けれども、誰だつて、ほんたうにいいことをしたら、いちばん幸ひなんだね。宮沢賢治『銀河鐵道の夜』 きつとほんたうの幸福を求めます。宮沢賢治『銀河鐵道の夜』 それをよくわかったお前は、いちばんさいわいなのだ。宮沢賢治『貝の火』 頭の上の梢で小鳥が鳴いていたら君の幸福である。国木田独歩『武蔵野』 その能力を拡充するものは希望なんだ。中原中也『生と歌』 だから、わしはこれ以上何も望まない。新美南吉『良寛物語 手毬と鉢の子』 反ってそんなこの頃のおれの方が余っ程幸福の状態に近いのかも知れない。堀辰雄『風立ちぬ』 言葉はわからなかったけれど、人情にかわりはありませんでした。小川未明『南方物語』 言葉を改めようという努力などはミジンも必要ではない。坂口安吾『敬語論』 言葉というものは、つくす方がよろしい。坂口安吾『安吾巷談』 不用意にもらす言葉こそ、ほんたうらしいものをふくんでゐるのだ。太宰治『道化の華』 私には、何一つ毅然たる言葉が無いのだ。太宰治『鴎』 私、自分の言葉を織ってみる。太宰治『めくら草紙』 もいちど言う、言葉で表現できぬ愛情は、まことに深き愛でない。太宰治『創生記』 絵は言葉によって語るものではなくて、色によって語るものだ。坂口安吾『安吾巷談』 自分の投げた幸福の砂が独りこの人間にだけかからないはずはない。小川未明『消えた美しい不思議なにじ』 ついここにくるまでは、はかない自分の運命というものに考えつかなかったのです。小川未明『山へ帰りゆく父』 人生の如何なる高い理想も、希望も、童話の世界では実現が可能であるのだ。小川未明『日本的童話の提唱』 この希望は、この哀れな小鳥をどんなに勇気づけたかしれません。小川未明『小さな金色の翼』 人間世界の悲しい心のかもしだす様々な絢はなくなるのだ。坂口安吾『吹雪物語』 運命に従順な人間の姿は奇妙に美しいものである。坂口安吾『堕落論』 自分自身が一時間後にどんな運命になるか、誰も知ってやしない。坂口安吾『水鳥亭』 いつも気のつくのが手おくれだから、仕方がなかったという彼の悲しい運命なのである。坂口安吾『安吾の新日本地理』 半ばは自由意志を信じ、半ばは宿命を信ずべきである。芥川龍之介『侏儒の言葉』 お伽噺しか知らない読者は、悲しい蟹の運命に同情の涙を落すかも知れない。芥川龍之介『猿蟹合戦』 何故と云へば、或意味で自分も亦、孤独地獄に苦しめられてゐる一人だからである。芥川龍之介『孤独地獄』 それは彼の謙遜の中に死後に勝ち誇る彼の希望(或は彼の虚栄心)の一つに溶け合つた言葉である。芥川龍之介『続西方の人』 死ぬのか生きるのか、それはもう人間の幸不幸を決する鍵では無いような気さえして来たのだ。太宰治『パンドラの匣』 自分はその自己嫌悪に堪えかねて、みずから、革命家の十字架にのぼる決心をしたのである。太宰治『おさん』 自分でも生きているんだか死んでいるんだか、わかりやしない。太宰治『饗応夫人』 あたしは魔法使いの娘ですから、自分の運命をぼんやり予感する事が出来るのです。太宰治『ろまん燈籠』 誰としてからが、自分の死を、真個信じるといふことは、根本的にはないのである。中原中也『亡弟』 自分の感覚を通して這入つて来るものの中に安心立命してゐるのである。中原中也『草野心平詩集『母岩』』 それ等のみんなが、意識によつて幸福であり、意識によつて不幸なのである。中原中也『我が生活』 芸術とは、自分自身の魂に浸ることいかに誠実にして深いかにあるのだ。中原中也『詩論』 所で私といふ無意識家は、自分が幸福であるか不幸であるかは知らないといへばいへるといふふうなのだ。中原中也『我が生活』 それに比べれば、私達はまあどんなに自分の運命を感謝していいのだろう。堀辰雄『楡の家』 或運命がそうやって一つのものから他のものへと絶えず受け継がれるのだ。堀辰雄『菜穂子』 このままもっと苦しめられるようでしたら、私はとても生きておられそうもありませぬ。堀辰雄『ほととぎす』 それはもつと君を人間の悲しみといふものの本質に導いて行かなければならない。堀辰雄『心の仕事を』 彼女はあのとき心の底では、思い切って自分自身を何物かにすっかり投げ出す決心をしたのだ。堀辰雄『菜穂子』 結局、わしは、一人ぼつちではゐられない弱い人間なのだ。新美南吉『良寛物語 手毬と鉢の子』 人間は不幸なめにあふにしても、仲間があるときは、少しは心強いものであります。新美南吉『百姓の足、坊さんの足』 木は自分のすがたがこんなに美しくなったので、うれしくてたまりません。新美南吉『木の祭り』 それなら、私が死んだらお前は涙を流すにちがいない。新美南吉『巨男の話』 ちょっと休めよなどと友達にでもいうように心安くいってくれたのはこの人だけである。新美南吉『最後の胡弓弾き』 菊次さんはうまれかはつたやうに、美しい心になつてゐたのです。新美南吉『百姓の足、坊さんの足』 久助君の心は、おどろくには、くたびれすぎていたのだ。新美南吉『川』 それをほかの言葉でいうと自分一人ではとても生きていられない人間になりつつあるのである。夏目漱石『道楽と職業』 研究心の強い学問好きの人は、万事を研究する気で見るから、情愛が薄くなるわけである。夏目漱石『三四郎』 Kはこの人間らしいという言葉のうちに、私が自分の弱点のすべてを隠しているというのです。夏目漱石『こころ』 世界滅却の日をただ一人生き残った心持である。夏目漱石『虞美人草』 詫びながら自分が非常に下等な人間のように見えて、急に厭な心持になるのです。夏目漱石『こころ』 自分はそれまで氷嚢は頭か心臓の上でなければ載せるものでないとばかり信じていたのである。夏目漱石『行人』 僕は今この可愛い恋人と一緒に、死なば諸共の空の旅に出発せんとしているのだ。江戸川乱歩『黄金仮面』 美しさにうたれたというのは、別の言葉を使えば、愛情を感じたことである。江戸川乱歩『孤島の鬼』 人一倍優しい心を持ちながら、彼に友達も恋人もなかったことを、何と説明したらよいのであろう。江戸川乱歩『蟲』 われわれによつて自由にされた魂は死を征服して、われわれの許に歸つて一緒に生きるといふのである。梶井基次郎『「親近」と「拒絶」』 鋭い悲哀を和らげ、ほかほかと心を怡します快感は、同時に重っ苦しい不快感である。梶井基次郎『冬の蠅』 実際こんな生活では誰でもがみずから絶望し、みずから死ななければならないのだろう。梶井基次郎『交尾』 それは一寸も心を苦しめるような喧嘩じゃない。梶井基次郎『小さき良心』 自分のどこかに醜いところが少しでもあれば我慢出来ないというのです。梶井基次郎『橡《とち》の花』 書かれてゐるのは優れた個人でもない、ただあり來りの人間である。梶井基次郎『『新潮』十月新人號小説評』 恋、惑、そして恥辱、夢にも現にもこの苦悩は彼より離れない。国木田独歩『富岡先生』 自分はまるで二人のために恋愛の温床を作ってやったようなものだ。谷崎潤一郎『細雪』 自分は今、一生懸命ナオミを恋い慕っているより外、何の仕事も持っていないのだ。谷崎潤一郎『痴人の愛』 ほんとうに、人の運命ほど測り難いものはない。谷崎潤一郎『細雪』 私は自分でここまでときめている限界を越えて、夫の心理の中にまではいり込んで行きたくない。谷崎潤一郎『鍵』 自分は誰かに、時々自分の此の幸福を見せびらかして、羨ましがらせてやりたかったのだ。谷崎潤一郎『少将滋幹の母』 要するにここの主人は正直一途にそう信じているのである。谷崎潤一郎『吉野葛』 自分にとって場違いであるとは感じながらも、彼らの静かな幸福に惹かれたためである。中島敦『悟浄出世』 そのような運命を作り上げるのが天なら、自分は天に反抗しないではいられない。中島敦『弟子』 彼の死ぬときは、ポクンと、自分でも知らずに死んでいるだろう。中島敦『悟浄歎異』 あまりに強い怒りは涙を涸渇させてしまうのであろう。中島敦『李陵』 生きておる智慧が、そんな文字などという死物で書留められるわけがない。中島敦『悟浄出世』 蜉蝣のごときはあしたに生れ、夕に死する、ただ一日の命なのだ。宮沢賢治『フランドン農学校の豚』 それももう一生けん命からだをまげていつまでも叫ぶのです。宮沢賢治『セロ弾きのゴーシュ』 そのハイネの詩集にはロウレライやさまざま美しい歌がいっぱいにあったのです。宮沢賢治『土神ときつね』 実にみんな、だまってため息ばかりつきながら、かわるがわる一生けん命みがいたのです。宮沢賢治『貝の火』 みみずが死ななけぁならんならそれにもわしはかわってやっていいのだ。宮沢賢治『土神ときつね』 友人同士が一しよにうまくやつて行くのは、彼等を裏打ちしてゐる苦痛のおかげにすぎないのだ。立原道造『白紙』 さうして、よく見ると、その小さな一片一片には、可愛らしい少女が乘つてゐたのである。立原道造『夜に就て』 そのなかに、春蝉は彼のかなしい感傷の小曲をうたいあげたのである。立原道造『夏秋表』 凡そ人は夢のなかに氣ままにしのびいることの出來ないたちのものである。立原道造『夜に就て』 僕が時計の文字板から讀むのは、要するに數字にすぎない。立原道造『白紙』 私のようなみにくいからだでも灼けるときには小さなひかりを出すでしょう。宮沢賢治『よだかの星』 あなたはいつか自然なんぞが本当に美しいと思えるのは死んで行こうとする者の眼にだけだと仰しゃったことがあるでしょう。堀辰雄『風立ちぬ』 それにしても心というやつはなんという不可思議なやつだろう。梶井基次郎『檸檬』 えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。焦躁と言おうか、嫌悪と言おうか──梶井基次郎『檸檬』 妄想は自分を弱くみじめにした。愚にもつかないことで本当に弱くみじめになってゆく。梶井基次郎『泥濘』 「ほんとうに人間はいいものかしら。ほんとうに人間はいいものかしら」新美南吉『手袋を買いに』
ある悲しみはなくことができます。ないて消すことができます。 しかしある悲しみはなくことができません。ないたって、どうしたって消すことはできないのです。
しかしある悲しみはなくことができません。ないたって、どうしたって消すことはできないのです。新美南吉『小さい太郎の悲しみ』 「愛嬌と云うのはね、――自分より強いものを斃す柔かい武器だよ」夏目漱石『虞美人草』 弱虫は、幸福をさえおそれるものです。綿で怪我をするんです。幸福に傷つけられる事もあるんです。太宰治『人間失格』 あゝ恋が形とならない前 その時失恋をしとけばよかつたのです中原中也『恋の後悔』 大人とは、裏切られた青年の姿である。太宰治『津軽』 私の幻燈はこれでおしまいであります。宮沢賢治『やまなし』 人は死ぬ前にはあらゆるものを知り得る、といふことはどうも眞實のやうだ。堀辰雄『レエモン ラジィゲ』 私は死ぬ前にたった一人で好いから、他(ひと)を信用して死にたいと思っている。夏目漱石『こころ』 愛することは、いのちがけだよ。太宰治『雌に就いて』 ほんとうのことというものは、ほんとうすぎるから、私はきらいだ。坂口安吾『恋愛論』 夜になつて 僕の部屋に一人でゐると 僕はあんまり僕になり過ぎるのだ堀辰雄『X氏の手帳』 僕の今住んでゐるのは氷のやうに透み渡つた、病的な神経の世界である。芥川龍之介『或旧友へ送る手記』 人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのは莫迦莫迦しい。重大に扱わなければ危険である。芥川龍之介『侏儒の言葉』 呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする。夏目漱石『吾輩は猫である』 汚れつちまつた悲しみに 今日も小雪の降りかかる中原中也『汚れつちまつた悲しみに......』