宗助が東京に移って始ての年に、御米はまた懐妊したのである。
出京の当座は、だいぶん身体が衰ろえていたので、御米はもちろん、宗助もひどくそこを気遣ったが、今度こそはという腹は両方にあったので、張のある月を無事にだんだんと重ねて行った。
ところがちょうど五月目になって、御米はまた意外の失敗をやった。
宗助が東京に移って始ての年に、御米はまた懐妊したのである。
出京の当座は、だいぶん身体が衰ろえていたので、御米はもちろん、宗助もひどくそこを気遣ったが、今度こそはという腹は両方にあったので、張のある月を無事にだんだんと重ねて行った。
ところがちょうど五月目になって、御米はまた意外の失敗をやった。