もう一歩進めて云いますと、内容が変れば外形と云うものは自然の勢いで変って来なければならぬという理窟にもなる。
傍観者の態度に甘んずる学者の局外の観察から成る規則法則乃至すべての形式や型のために我々生活の内容が構造されるとなると少しく筋が逆になるので、我々の実際生活がむしろ彼ら学者(時によれば法律家と云っても政治家といっても教育家と云っても構いません。
とにかく学者的態度で観察一方から形式を整える方面の人を指すのです)に向って研究の材料を与えその結果として一種の形式を彼らが抽象する事ができるのです。