「それからボイにおいトチメンボーを二人前持って来いというと、ボイがメンチボーですかと聞き直しましたが、先生はますます真面目な貌でメンチボーじゃないトチメンボーだと訂正されました」「なある。
そのトチメンボーという料理は一体あるんですか」「さあ私も少しおかしいとは思いましたがいかにも先生が沈着であるし、その上あの通りの西洋通でいらっしゃるし、ことにその時は洋行なすったものと信じ切っていたものですから、私も口を添えてトチメンボーだトチメンボーだとボイに教えてやりました」「ボイはどうしました」「ボイがね、今考えると実に滑稽なんですがね、しばらく思案していましてね、はなはだ御気の毒様ですが今日はトチメンボーは御生憎様でメンチボーなら御二人前すぐに出来ますと云うと、先生は非常に残念な様子で、それじゃせっかくここまで来た甲斐がない。
どうかトチメンボーを都合して食わせてもらう訳には行くまいかと、ボイに二十銭銀貨をやられると、ボイはそれではともかくも料理番と相談して参りましょうと奥へ行きましたよ」「大変トチメンボーが食いたかったと見えますね」「しばらくしてボイが出て来て真に御生憎で、御誂ならこしらえますが少々時間がかかります、と云うと迷亭先生は落ちついたもので、どうせ我々は正月でひまなんだから、少し待って食って行こうじゃないかと云いながらポッケットから葉巻を出してぷかりぷかり吹かし始められたので、私しも仕方がないから、懐から日本新聞を出して読み出しました、するとボイはまた奥へ相談に行きましたよ」「いやに手数が掛りますな」と主人は戦争の通信を読むくらいの意気込で席を前める。