いよいよ来たな、これで今日半日は潰せると思っていると、先生汗を拭いて肩を入れて例のごとく座敷までずかずか上って来て「奥さん、苦沙弥君はどうしました」と呼ばわりながら帽子を畳の上へ抛り出す。
細君は隣座敷で針箱の側へ突っ伏して好い心持ちに寝ている最中にワンワンと何だか鼓膜へ答えるほどの響がしたのではっと驚ろいて、醒めぬ眼をわざと睜って座敷へ出て来ると迷亭が薩摩上布を着て勝手な所へ陣取ってしきりに扇使いをしている。
「おやいらしゃいまし」と云ったが少々狼狽の気味で「ちっとも存じませんでした」と鼻の頭へ汗をかいたまま御辞儀をする。