主人は少からざる尊敬をもって反覆読誦した書翰の差出人が金箔つきの狂人であると知ってから、最前の熱心と苦心が何だか無駄骨のような気がして腹立たしくもあり、また瘋癲病者の文章をさほど心労して翫味したかと思うと恥ずかしくもあり、最後に狂人の作にこれほど感服する以上は自分も多少神経に異状がありはせぬかとの疑念もあるので、立腹と、慚愧と、心配の合併した状態で何だか落ちつかない顔付をして控えている。
折から表格子をあららかに開けて、重い靴の音が二た足ほど沓脱に響いたと思ったら「ちょっと頼みます、ちょっと頼みます」と大きな声がする。
主人の尻の重いに反して迷亭はまたすこぶる気軽な男であるから、御三の取次に出るのも待たず、通れと云いながら隔ての中の間を二た足ばかりに飛び越えて玄関に躍り出した。