いやしくも人間に生れる以上は踏んだり、蹴たり、どやされたりして、しかも人が振りむきもせぬ時、平気でいる覚悟が必用であるのみならず、唾を吐きかけられ、糞をたれかけられた上に、大きな声で笑われるのを快よく思わなくてはならない。
それでなくてはかように利口な女と名のつくものと交際は出来ない。
武右衛門先生もちょっとしたはずみから、とんだ間違をして大に恐れ入ってはいるようなものの、かように恐れ入ってるものを蔭で笑うのは失敬だとくらいは思うかも知れないが、それは年が行かない稚気というもので、人が失礼をした時に怒るのを気が小さいと先方では名づけるそうだから、そう云われるのがいやならおとなしくするがよろしい。