雑録でも短篇でも小説でも乃至は俳句漢詩和歌でも、苟くも元日の紙上にあらわれる以上は、いくら元日らしい顔をしたって、元日の作でないに極っている。
尤も師走に想像を逞しくしてはならぬと申し渡された次第でないから、節季に正月らしい振をして何か書いて置けば、年内に餅を搗いといて、一夜明けるや否や雑煮として頬張る位のものには違ないが、御目出たい実景の乏しい今日、御目出たい想像などは容易に新聞社の頭に宿るものではない。
それを無理に御目出たがろうとすると、所謂太倉の粟陳々相依るという頗る目出度ない現象に腐化して仕舞う。