同じ中学に居っても狩野、岡田などは変則の方に居たから早く予備門へ入って進んで行ったのだが、僕などが予備門へ入るとしては二松学舎や成立学舎などにまごついて居た丈遅れたのである。
何とか彼んとかして予備門へ入るには入ったが、惰けて居るのは甚だ好きで少しも勉強なんかしなかった。
水野錬太郎、今美術学校の校長をして居る正木直彦、芳賀矢一なども同じ級だったが、是等は皆な勉強家で、自ら僕等の怠け者の仲間とは違って居て、其間に懸隔があったから、更に近づいて交際する様なこともなく全然離れて居ったので、彼方でも僕等の様な怠け者の連中は駄目な奴等だと軽蔑して居たろうと思うが、此方でも亦試験の点許り取りたがって居る様な連中は共に談ずるに足らずと観じて、僕等は唯遊んで居るのを豪いことの如く思って怠けて居たものである。