真面目に勉強し、学校に出ても真面目に教師のいうことを注意して聞くようにすれば、然う矢鱈に苦しまなくとも、普通ならやってゆかれることと思う。
だから、私は仮令真面目な勉強をするようになった後でも、試験の前々から決して苦しむようなことはせず、試験のその前夜になって、始めて験べて置くというような方法を採っていた位である。
丁度予科の三年、十九歳頃のことであったが、私の家は素より豊かな方ではなかったので、一つには家から学資を仰がずに遣って見ようという考えから、月五円の月給で中村是公氏と共に私塾の教師をしながら予科の方へ通っていたことがある。