一カ月五円と云うと誠に少額ではあるが、その頃はそれで不足なくやって行けた。
塾の寄宿舎に入っていたから、舎費即ち食糧費としては月二円で済み、予備門の授業料といえば月僅に二十五銭(尤も一学期分宛前納することにはなっていたが)それに書物は大抵学校で貸し与えたから、格別その方には金も要らなかった。
先ず此の中から湯銭の少しも引き去れば、後の残分は大抵小遣いになったので、五円の金を貰うと、直ぐその残分丈けを中村是公氏の分と合せて置いて、一所に出歩いては、多く食う方へ費して了ったものである。
一カ月五円と云うと誠に少額ではあるが、その頃はそれで不足なくやって行けた。
塾の寄宿舎に入っていたから、舎費即ち食糧費としては月二円で済み、予備門の授業料といえば月僅に二十五銭(尤も一学期分宛前納することにはなっていたが)それに書物は大抵学校で貸し与えたから、格別その方には金も要らなかった。
先ず此の中から湯銭の少しも引き去れば、後の残分は大抵小遣いになったので、五円の金を貰うと、直ぐその残分丈けを中村是公氏の分と合せて置いて、一所に出歩いては、多く食う方へ費して了ったものである。