風流を盛るべき器が、無作法な十七字と、佶屈な漢字以外に日本で発明されたらいざ知らず、さもなければ、余はかかる時、かかる場合に臨んで、いつでもその無作法とその佶屈とを忍んで、風流を這裏に楽しんで悔いざるものである。
そうして日本に他の恰好な詩形のないのを憾みとはけっして思わないものである。
始めて読書欲の萌した頃、東京の玄耳君から小包で酔古堂剣掃と列仙伝を送ってくれた。
風流を盛るべき器が、無作法な十七字と、佶屈な漢字以外に日本で発明されたらいざ知らず、さもなければ、余はかかる時、かかる場合に臨んで、いつでもその無作法とその佶屈とを忍んで、風流を這裏に楽しんで悔いざるものである。
そうして日本に他の恰好な詩形のないのを憾みとはけっして思わないものである。
始めて読書欲の萌した頃、東京の玄耳君から小包で酔古堂剣掃と列仙伝を送ってくれた。