そうして忘るべからざる二十四日の来た頃、東洋城は余に関する何の消息も知らずに、また東海道を汽車で西へ下って行った。
その時彼は四五分の停車時間を偸んで、三島から余にわざわざ一通の手紙を書いた。
その手紙は途中で紛失してしまって、つい宿へ着かなかったけれども、東洋城が御暇乞に上がった時、余の病気の事を御忘れにならなかった殿下から、もし逢う機会があったなら、どうか大事にするようにというような篤い意味の御言葉を承ったため、それをわざわざ病中の余に知らせたのだそうである。
そうして忘るべからざる二十四日の来た頃、東洋城は余に関する何の消息も知らずに、また東海道を汽車で西へ下って行った。
その時彼は四五分の停車時間を偸んで、三島から余にわざわざ一通の手紙を書いた。
その手紙は途中で紛失してしまって、つい宿へ着かなかったけれども、東洋城が御暇乞に上がった時、余の病気の事を御忘れにならなかった殿下から、もし逢う機会があったなら、どうか大事にするようにというような篤い意味の御言葉を承ったため、それをわざわざ病中の余に知らせたのだそうである。