雪鳥君が大仁まで迎に出たのは何時頃か覚えていないが、山の中を照らす日がまだ山の下に隠れない午過であったと思う。
その山の中を照らす日を、床を離れる事のできない、また室を出る事の叶わない余は、朝から晩までほとんど仰ぎ見た試しがないのだから、こう云うのも実は廂の先に余る空の端だけを目当に想像した刻限である。
――余は修善寺に二月と五日ほど滞在しながら、どちらが東で、どちらが西か、どれが伊東へ越す山で、どれが下田へ出る街道か、まるで知らずに帰ったのである。
雪鳥君が大仁まで迎に出たのは何時頃か覚えていないが、山の中を照らす日がまだ山の下に隠れない午過であったと思う。
その山の中を照らす日を、床を離れる事のできない、また室を出る事の叶わない余は、朝から晩までほとんど仰ぎ見た試しがないのだから、こう云うのも実は廂の先に余る空の端だけを目当に想像した刻限である。
――余は修善寺に二月と五日ほど滞在しながら、どちらが東で、どちらが西か、どれが伊東へ越す山で、どれが下田へ出る街道か、まるで知らずに帰ったのである。