したがって山水によって画を愛するの弊はあったろうが、名前によって画を論ずるの譏りも犯さずにすんだ。
ちょうど画を前後して余の嗜好に上った詩と同じく、いかな大家の筆になったものでも、いかに時代を食ったものでも、自分の気に入らないものはいっこう顧みる義理を感じなかった。
(余は漢詩の内容を三分して、いたくその一分を愛すると共に、大いに他の一分をけなしている。
したがって山水によって画を愛するの弊はあったろうが、名前によって画を論ずるの譏りも犯さずにすんだ。
ちょうど画を前後して余の嗜好に上った詩と同じく、いかな大家の筆になったものでも、いかに時代を食ったものでも、自分の気に入らないものはいっこう顧みる義理を感じなかった。
(余は漢詩の内容を三分して、いたくその一分を愛すると共に、大いに他の一分をけなしている。