彼がライプチツヒに遊学した頃、教授の講義は碌に聴きもせず、手当り次第に一人ぼつちの乱読を恣まにした時ですら、書物から得る凡ての知識は、みな此普魯西中心の国家といふ大理想を構成する為に利用されたのである。
彼はマキアヹルを読んだ。
正義だらうが道徳だらうが、国家の為ならば、何時犠牲に供しても差支ないものだといふ信念を抱くやうになつた。
彼がライプチツヒに遊学した頃、教授の講義は碌に聴きもせず、手当り次第に一人ぼつちの乱読を恣まにした時ですら、書物から得る凡ての知識は、みな此普魯西中心の国家といふ大理想を構成する為に利用されたのである。
彼はマキアヹルを読んだ。
正義だらうが道徳だらうが、国家の為ならば、何時犠牲に供しても差支ないものだといふ信念を抱くやうになつた。