自分も即答はしかねたが、加藤男爵の事についてかねていくらか考えてみた事のあるので、
「そうですねえ、まるきりがっかりしないでもないだろうと思う、というわけは、戦争最中はお互いにだれでも国家の大事だから、朝夕これを念頭に置いて喜憂したのが、それがおやめになったのだから、気抜けの体にちょっとだれもなったに相違ない、それをがっかりと言えばがっかりでしょう。
「そら見たまえ、僕ばかりじゃアない、決してない、だから、喜んでいるところを彫るのが平凡ならばだ、がっかりしているところだって平凡だろう、どうですね、中倉の大先生、」と「加と男」やや得意なり。