『喋舌ることの出來ないのを稱して大馬鹿だといふは餘り殘酷いかも知れないが、少くとも喋舌らないことを以て甚く自分で豪らがる者は馬鹿者の骨頂と言つて可ろしい而して此種の馬鹿者を今の世にチヨイ/\見受けるには情ない次第である。
『旅は道連、世は情といふが、世は情であらうと無からうと別問題として旅の道連は難有たい、マサカ獨りでは喋舌れないが二人なら對手が泥棒であつても喋舌りながら歩くことが出來る。
など、それからそれと考へて居るうち又眠くなつて來た。
『喋舌ることの出來ないのを稱して大馬鹿だといふは餘り殘酷いかも知れないが、少くとも喋舌らないことを以て甚く自分で豪らがる者は馬鹿者の骨頂と言つて可ろしい而して此種の馬鹿者を今の世にチヨイ/\見受けるには情ない次第である。
『旅は道連、世は情といふが、世は情であらうと無からうと別問題として旅の道連は難有たい、マサカ獨りでは喋舌れないが二人なら對手が泥棒であつても喋舌りながら歩くことが出來る。
など、それからそれと考へて居るうち又眠くなつて來た。