「或日午後五時頃から友人夫婦の洋行する送別会に出席しましたが僕の恋人も母に伴われて出席しました。
会は非常な盛会で、中には伯爵家の令嬢なども見えていましたが夜の十時頃漸く散会になり僕はホテルから芝山内の少女の宅まで、月が佳いから歩るいて送ることにして母と三人ぶらぶらと行って来ると、途々母は口を極めて洋行夫婦を褒め頻と羨ましそうなことを言っていましたが、その言葉の中には自分の娘の余り出世間的傾向を有しているのを残念がる意味があって、かかる傾向を有するも要するにその交際する友に由ると言わぬばかりの文句すら交えたので、僕と肩を寄せて歩るいていた娘は、僕の手を強く握りました、それで僕も握りかえした、これが母へ対するはかない反抗であったのです。
「それから山内の森の中へ来ると、月が木間から蒼然たる光を洩して一段の趣を加えていたが、母は我々より五歩ばかり先を歩るいていました。