小松山の麓に移ってこの方は、純粋の百姓になって正作の父は働いているのを僕はしばしば見た。
であるから正作が西国立志編を読み初めたころは、その家政はよほど困難であったに違いない。
けれどもその家庭にはいつも多少の山気が浮動していたという証拠には、正作がある日僕に向かって、宅には田中鶴吉の手紙があると得意らしく語ったことがある。
小松山の麓に移ってこの方は、純粋の百姓になって正作の父は働いているのを僕はしばしば見た。
であるから正作が西国立志編を読み初めたころは、その家政はよほど困難であったに違いない。
けれどもその家庭にはいつも多少の山気が浮動していたという証拠には、正作がある日僕に向かって、宅には田中鶴吉の手紙があると得意らしく語ったことがある。