けれども其心配はたゞ普通の親が其子の上を憂るのとは異って居たのです、それで父が『折角男に生れたのなら男らしくなれ、女のような男は育て甲斐がない』と愚痴めいた小言を言う、其言葉の中にも僕の怪しい運命の穂先が見えて居たのですが、少年の僕には未だ気が着きませんでした。
言うことを忘れて居ましたが、其頃は父が岡山地方裁判所長の役で、大塚の一家は岡山の市中に住んで居たので、一家が東京に移ったのは未だ余程後のことです。
或日のことでした、僕が平時のように庭へ出て松の根に腰をかけ茫然して居ると、何時の間にか父が傍に来て、