二郎は頭あげて、しからばかのふびんなる少女もついには犬にかまるべきか。
犬や犬や浮世の街にさすろうもの犬ならざるいくばくぞ、かみつかまれつその日と夜を送り、そのほゆる声騒がしく、とてもわれらの住み得べきにあらず、船を家となし風と波とに命を託す、安ければ買い高ければ売り、酒あれば飲み、大声あげて歌うもわがために耳傾くるは大空の星のみ――月さゆる夜は風清し、はてなき海に帆を揚げて――ああ君はこの歌を知りたもうや――月さゆる夜は風清し――右を見るも左を見るも島影一つ見えぬ大海原に帆を揚げ風斜めに吹けば船軽く傾き月さえにさえて波は黄金を砕く、この時舷に立ちてこの歌をうたうわが情を君知りたもうや、げに陸を卑しみ海を懼れぬものならではいかでこのこころを知らんや、ああされど君は知りたもう――
十蔵はその杯を干してわが前に置き、――されど君は知りたもうと繰り返せり。