そこで少しばかりこの老人の事を話して置くが、「杉の杜のひげ」と言われてその名が通っているだけ、岩――のものでそのころこの奇体な老人を知らぬ者はないほどであった。
髭髯が雪のように白いところからそのあだ名を得たとはいうものの小さなきたならしい老人で、そのころ七十いくつとかでもすこぶる強壮なこつこつした体格であった。
この老人がその小さな丸い目を杉の杜の薄暗い陰でビカビカ輝らせて、黙って立っているのを見るとだれも薄気味の悪い老翁だと思う、それが老翁ばかりでなく「杉の杜」というのが、岩――の士族屋敷ではこの「ひげ」の生まれない前のもっと前からすでに気味の悪いところになっているので幾百年かたって今はその根方の周囲五抱えもある一本の杉が並木善兵衛の屋敷の隅に聳ッ立ッていてそこがさびしい四辻になっている。