あるいは黙然遊動して谷より谷に移るもの、往々にして動かざる自然を動かし、変わらざる景色を変え、塊然たる物象を化して夢となし、幻となし、霊となし、怪となし、
というに至っては水多く山多き佐伯また実にそうである、しかししいてわが佐伯をウォーズウォルスの湖国と対照する必要はない。
手帳と鉛筆とを携えて散歩に出掛けたスコットをばあざけりしウォーズウォルスは、決して写実的に自然を観てその詩中に湖国の地誌と山川草木を説いたのではなく、ただ自然その物の表象変化を観てその真髄の美感を詠じたのであるから、もしこの詩人の詩文を引いて対照すれば、わが日本国中数えきれぬほどの同風光を見いだすだろう。