水車場を過ぎて間もなく橋あり、長さよりも幅のかた広く、欄の高さは腰かくるにも足らず、これを渡りてまた林の間を行けばたちまち町の中ほどに出ず、こは都にて開かるる洋画展覧会などの出品の中にてよく見受くる田舎町の一つなれば、茅屋と瓦屋と打ち雑りたる、理髪所の隣に万屋あり、万屋の隣に農家あり、農家の前には莚敷きて童と猫と仲よく遊べる、茅屋の軒先には羽虫の群れ輪をなして飛ぶが夕日に映りたる、鍛冶の鉄砧の音高く響きて夕闇に閃く火花の見事なる、雨降る日は二十ばかりの女何事をかかしましく叫びつ笑いて町の片側より片側へとゆくに傘ささず襟頸を縮め駒下駄つまだてて飛ぶごとに後ろ振り向くさまのおかしき、いずれかこの町もかかる類に漏るべき、ただ東より西へと爪先上がりの勾配ゆるく、中央をば走り流るる小川ありて水上は別荘を貫く流れと同じく、町人はみなこの小川にてさまざまのもの洗いすすげど水のやや濁れるをいとわず、流れには板橋いくつかかかりて、水際には背低き楓をところどころに植えたる、何人の思いつきにや、これいささかよそとその風情をことにせり。
町の西端に寺ありてゆうべゆうべの鐘はここより響けど、鐘撞く男は六十を幾つか越えし翁なれば力足らず絶えだえの音は町の一端より一端へと、おぼつかなく漂うのみ、程近き青年が別荘へは聞こゆる時あり聞こえかぬる時も多かり。
この鐘の最後の一打ちわずかに響きおわるころ夕煙巷をこめて東の林を離れし月影淡く小川の水に砕けそむれば近きわたりの騎馬隊の兵士が踵に届く長剣を左手にさげて早足に巷を上りゆく、続いて駄馬牽く馬子が鼻歌おもしろく、茶店の娘に声かけられても返事せぬがおかしく、かなたに赤児の泣き声きこゆればこなたには童が吹くラッパの音かしましく、上る兵士は月を背にし自己が影を追うて急ぎ、下る少女は月さやかに顔を照らすが面恥ゆく、かの青年が林に次ぎてこの町を愛ずるも理なきにあらず。