町の西端に寺ありてゆうべゆうべの鐘はここより響けど、鐘撞く男は六十を幾つか越えし翁なれば力足らず絶えだえの音は町の一端より一端へと、おぼつかなく漂うのみ、程近き青年が別荘へは聞こゆる時あり聞こえかぬる時も多かり。
この鐘の最後の一打ちわずかに響きおわるころ夕煙巷をこめて東の林を離れし月影淡く小川の水に砕けそむれば近きわたりの騎馬隊の兵士が踵に届く長剣を左手にさげて早足に巷を上りゆく、続いて駄馬牽く馬子が鼻歌おもしろく、茶店の娘に声かけられても返事せぬがおかしく、かなたに赤児の泣き声きこゆればこなたには童が吹くラッパの音かしましく、上る兵士は月を背にし自己が影を追うて急ぎ、下る少女は月さやかに顔を照らすが面恥ゆく、かの青年が林に次ぎてこの町を愛ずるも理なきにあらず。
昨日の事は忘れ明日の事を思わず、一日一日をみだらなる楽しみ、片時の慰みに暮らす人のさまにも似たりとは青年がこの町を評する言葉にぞある。