登りつむればここは高台の見晴らし広く大空澄み渡る日は遠方の山影鮮やかに、国境を限る山脈林の上を走りて見えつ隠れつす、冬の朝、霜寒きころ、銀の鎖の末は幽なる空に消えゆく雪の峰など、みな青年が心を夢心地に誘いかれが身うちの血わくが常なれど、今日は雲のゆきき早く空と地と一つになりしようにて森も林もおぼろにかすみ秋霧重く立ちこむる野面に立つ案山子の姿もあわれにいずこともなく響く銃の音沈みて聞こゆ。
青年はしばし四辺を見渡して停止みつおりおり野路を過る人影いつしか霧深き林の奥に消えゆくなどみつめたる、もしなみなみの人ならば鬱陶しとのみ思わんも、かれは然らず、かれが今の心のさまとこの朝の景色とは似通う節あり、霧立ち迷うておぼろにかすむ森のさまは哀れに物悲し、これ恋なり。
されどその幻に似て遠きかなたに浮かべるさまは年若き者の夢想を俤にして希望という神の住みたもうがごとく、青年の心これに向かいてはただ静かに波打つのみ。