そのうち、売卜者から女難のことを言われ、母からは女難ということの講釈を聞かされましたので、子供心にも、もしか今のが女難ではあるまいかと、ひどくこわくなりましたが、母の前では顔にも出さず、ないない心を痛めていながらも時々おさよのもとに遊びに参りましたのでございます。
今から思いますと、やはりそのころ私はおさよを慕うていたに違いないのです、おさよが私を抱いて赤児扱いにするのを私は表面で嫌がりながら内々はうれしく思い、その温たかな柔らかい肌で押しつけられた時の心持は今でも忘れないのでございます。
女難といえばその時もう女難に罹っていたといってもよろしゅうございましょう。