月日の経つうちに悲しみもだんだん薄らぎ、しまいには時々思い出すぐらいのことで、叔母の親切にほだされ、いつしか叔母を母のように思うて日を送るようになったのでございます。
十八の歳から、叔母の家を五丁ばかり離れた小学校に通って、同僚の三四人とともに村の子供の世話をして、夜は尺八の稽古に浮身をやつし、この世を面白おかしく暮すようになりました。
尺八の稽古といえば、そのころ村に老人がいまして、自己流の尺八を吹いていましたのを村の若い者が煽てて大先生のようにいいふらし、ついに私もその弟子分になったのでございます。