ちょうど春の初めのことでございます。
日の暮方で、私はいつもの通り、尺八を持って村の小川の岸に腰をかけて、独り吹き澄ましていますと、後から『修蔵様』と呼ぶものがあります。
振りかえって見ると武之允といういかめしい名を寺の和尚から附けてもらった男で隣村に越す坂の上に住んでいる若い者でした。
ちょうど春の初めのことでございます。
日の暮方で、私はいつもの通り、尺八を持って村の小川の岸に腰をかけて、独り吹き澄ましていますと、後から『修蔵様』と呼ぶものがあります。
振りかえって見ると武之允といういかめしい名を寺の和尚から附けてもらった男で隣村に越す坂の上に住んでいる若い者でした。