けれども私は東京に出てから十年の間、いろいろな苦労をしたに似ず、やはり持って生まれた性質と見えまして、烈しいこともできず、烈しい言葉すらあまり使わず、見たところ女などには近よることもできない野暮天に見えますので、大工の藤吉が唐偏木で女の味も知らぬというのは決して無理ではなかったのです。
実際私は意気で女難にかかったというよりか皆んな、おとなしくって野暮だからかえって女難にかかったのでございます。
ある夜のことに藤吉が参りまして、洗濯物があるなら嚊に洗わせるから出せと申しますから、遠慮なく単衣と襦袢を出しました。