自分は決して浮きたる心でなく真面目にこの少女を敬慕しておる、何卒か貴所も自分のため一臂の力を借して、老先生の方を甘く説いて貰いたい、あの老人程舵の取り難い人はないから貴所が其所を巧にやってくれるなら此方は又井下伯に頼んで十分の手順をする、何卒か宜しく御頼します。
但し富岡老人に話されるには余程よき機会を見て貰いたい、無暗に急ぐと却て失敗する、この辺は貴所に於て決して遺漏はないと信ずるが、元来老先生といえども人並の性情を有っておるから了解ることは能く了解る人である。
ただその資質に一点我慢強いところのある上に、維新の際妙な行きがかりから脇道へそれて遂に成るべき功名をも成し得ず、同輩は侯伯たり後進は子男たり、自分は田舎の老先生たるを見、かつ思う毎にその性情は益々荒れて来て、それが慣い性となり遂には煮ても焼ても食えぬ人物となったのである、であるから老先生の心底には常に二個の人が相戦っておる、その一人は本来自然の富岡氏、その一人はその経歴が造った富岡先生。