その翌日村長は長文の手紙を東京なる高山法学士の許に送った、その文の意味は次ぎの如くである、――
御申越し以来一度も書面を出さなかったのは、富岡老人に一条を話すべき機会が無かったからである。
先日の御手紙には富岡先生と富岡氏との二個の人がこの老人の心中に戦かっておるとのお言葉が有った、実にその通りで拙者も左様思っていた、然るにちょうど御手紙を頂いた時分以来は、所謂る富岡先生の暴力益々つのり、二六時中富岡氏の顔出する時は全く無かったと言って宜しい位、恐らく夢の中にも富岡先生は荒れ廻っていただろうと思われる。