大島仁藏翁の死後、權藏は一時、守本尊を失つた體で、頗る鬱々で居ましたが、それも少時で、忽ち元の元氣を恢復し、のみならず、以前に増て働き出しました。
鬱々で居たのは考がへて居たのです。
彼は老人の最後の教訓を暫時も忘れることが出來ないので、拜まれる程の美くしい事を爲るには何を爲たら可からうと一心に考がへたのです。
大島仁藏翁の死後、權藏は一時、守本尊を失つた體で、頗る鬱々で居ましたが、それも少時で、忽ち元の元氣を恢復し、のみならず、以前に増て働き出しました。
鬱々で居たのは考がへて居たのです。
彼は老人の最後の教訓を暫時も忘れることが出來ないので、拜まれる程の美くしい事を爲るには何を爲たら可からうと一心に考がへたのです。