だから本来を云うなら、ここに浪漫主義なら浪漫主義、自然主義なら自然主義の定義があって、何人の作物でも構わないからして、この定義に叶っただけを持って来てこの主義のうちへ打ち込むのが当然であろうと思われます。
例えば白なら白と云う属性の概念があって、白墨、白紙、白旗、雪などという出来上ったもののうちから白と云う属性だけを引き抜いてこの概念の下に詰め込むのが至当でありましょう。
しかるにただ色だけが白いからと云って、色の白いものは形や質や温度その他のいかんに関せずことごとく白のうちへ入れて、しかも外へ出る事を許さなかったら、統一のできるのは白という属性だけであるにも関せず、人はすべての点において統一されているかのごとく誤解を抱くのであります。