ダヌンチオによって代表される以太利文学の不安を、無制限の堕落から出る自己欠損の感と判断していた。
だから日本の文学者が、好んで不安と云う側からのみ社会を描き出すのを、舶来の唐物の様に見傚した。
理智的に物を疑う方の不安は、学校時代に、有ったにはあったが、ある所まで進行して、ぴたりと留って、それから逆戻りをしてしまった。
ダヌンチオによって代表される以太利文学の不安を、無制限の堕落から出る自己欠損の感と判断していた。
だから日本の文学者が、好んで不安と云う側からのみ社会を描き出すのを、舶来の唐物の様に見傚した。
理智的に物を疑う方の不安は、学校時代に、有ったにはあったが、ある所まで進行して、ぴたりと留って、それから逆戻りをしてしまった。