芭蕉が死んでから弟子共が正風の本家はおれだ我だと争った話があります。
なるほど正風の旗を翻えすのは、天下を挟んで事を成すようなもので当時にあって実利上大切であったかも知れませんがその争奪の渦中から一歩退いて眺めたら全く無意味としか思われません。
今私の申す弊は全く理知的の事で実利問題とは全く没交渉ではありますが、転々承継した主義を一徹に主張すると、少なくともその形迹だけは芭蕉以後の正風争いと同価値に終るようになりはせぬかと思われます。
芭蕉が死んでから弟子共が正風の本家はおれだ我だと争った話があります。
なるほど正風の旗を翻えすのは、天下を挟んで事を成すようなもので当時にあって実利上大切であったかも知れませんがその争奪の渦中から一歩退いて眺めたら全く無意味としか思われません。
今私の申す弊は全く理知的の事で実利問題とは全く没交渉ではありますが、転々承継した主義を一徹に主張すると、少なくともその形迹だけは芭蕉以後の正風争いと同価値に終るようになりはせぬかと思われます。