なるほど正風の旗を翻えすのは、天下を挟んで事を成すようなもので当時にあって実利上大切であったかも知れませんがその争奪の渦中から一歩退いて眺めたら全く無意味としか思われません。
今私の申す弊は全く理知的の事で実利問題とは全く没交渉ではありますが、転々承継した主義を一徹に主張すると、少なくともその形迹だけは芭蕉以後の正風争いと同価値に終るようになりはせぬかと思われます。
もっともこんな事は我々の日常よくある事で、友人と一時間も議論をしているといつの間にか出立地を忘れて、飛んでもない無関係の問題に火花を散らしながら毫も気がつかない場合は珍しくないようです。