また、甲の頭と、乙の頭とが、生れながらにして、全く、異っているというよりは、或者は、まだ、其の感情や、感覚を学び知らないのだといった方が当然であろうと思われる。
何故となれば、私は、すべての人が私と同じような人間であると思うからだ。
子供の自分に感じたことがあって、既に忘れてしまった感情や、また、或時、ある事件に対して、刹那ながらも心の全幅を掩うた感覚や、また、もはや忘れられんとして時々、頭の中に顔を出して来るような感情や、感覚が、さらに、一つ作家の作物を読むことによって蘇生されるならば、しばらくまた其の気分の中に、自からを忘れることが出来る。