北京大学の季大釧、季石曾などの運動が、上海に於ける陳独秀等の参加によって更に四方に及んだというのも、必ずしも或る人の云うが如くワシントン会議に於て米国が支那を助けなかった反動であるとばかりに考えるのは間違っている。
この運動に参加したものは年少気鋭の学生であり新思想家であるのを見ても、奴隷化した宗教に対する反感と、いわゆる人道主義と愛というものに対する冒険と憤激とであると見るのが至当であろう。
然も現下の支那に於ける思想上の混乱に際し、世界キリスト教青年大会というような麗々しい看板をかけて、一体彼等は何をなさんとするかということに対して、こういう反抗の気勢の揚ったのも偶然ではない。