すべての空想が、その華麗な花と咲くためには、豊饒の現実を温床としなければならぬごとく、現実に発生しない童話は、すでに生気を失ったものです。
過去のお伽噺が、その当時の生活、経験に調和して生れたものであるなら、新しい童話は、今日の生活から生れた美しい夢でなければなりません。
童話は、空想的産物なるが故にそれだけ現実と共闘し、現実性を帯びなければならぬ筈なるに、これまでの作家は、童話はお伽噺であり、お伽噺は、所詮架空を材料とした作品なりとの理由をもって、現実から出来るだけ離脱しようとしたのであります。