畳の上に臥転んで、山の案内記を読み、写真をながめて空想に耽ることが、一層楽しかったからでもあります。
夏の日郊外の植木屋を訪ねて、高山植物を求め帰り道に、頭上高く飛ぶ白雲を見て、この草の生えていた岩石重畳たる峻嶺を想像して、無心の草と雲をなつかしく思い、童話の詩材としたこともありました。
一生のうちには、山へもいつか上る機会があるように漠然と考えていたのが、後悔を生ずる原因だったのです。
畳の上に臥転んで、山の案内記を読み、写真をながめて空想に耽ることが、一層楽しかったからでもあります。
夏の日郊外の植木屋を訪ねて、高山植物を求め帰り道に、頭上高く飛ぶ白雲を見て、この草の生えていた岩石重畳たる峻嶺を想像して、無心の草と雲をなつかしく思い、童話の詩材としたこともありました。
一生のうちには、山へもいつか上る機会があるように漠然と考えていたのが、後悔を生ずる原因だったのです。