曾ては金持や、資本家というものを仮借なく敵視した時代もあったが、これ等の欲深者も死ぬ時には枕許に山程の財宝を積みながら、身には僅かに一枚の経帷衣をつけて行くに過ぎざるのを考えると、おかしくなるばかりでなく、こうした貯蓄者があればこそ地上の富が保存されるのであって、いつかはまた縁なき者の手に渡るのでここに常ならぬ人生の姿がある訳であります。
自分は貧乏なればこそ物に囚れず、従ってこの気安さがあり、自然の美に親しむことが出来るのでありましょう。
いま私は陣々たる春風に顔を吹かせて、露台に立っています。