恰も、今日の都会居住の作家によって描かれつゝある、所謂都会芸術は、その名称に於てこそ、心理描写と言い、或は感覚の芸術であると言われるけれど、真の階級意識を有せざる点に於て、プロレタリアの芸術と言うことができないと同じであります。
苟くも田舎を取材にするなら、小作人の立場になって、階級意識の上に書かれた芸術でないかぎりは、所詮、ブルジョア文学たることを免れない如く、都会の芸術は今日の工場労働者の精神に徹せざるかぎり、真のプロレタリア芸術と言うことはできないのであります。
芸術に、階級意識のあると否とを構成上の条件とするか、せざるかは、むしろ、作者がいかなる生活意識を有するかによって決定されることです。