この分類になると多少細かになりますから、詩と散文の区別より幾分か創作家の態度を窺う事ができて、ずいぶん重宝ではありますが、これとても与えられた作物を与えられたなりに取り扱うだけで、その特性を概括するにとどまってしまいやすいから、それより以上に溯って、もう少し奥から、こう云う立場で、こう変化すると小説ができる、こう変化すると抒情詩ができるとまでは漕ぎつけていないのが多い。
そこまで漕ぎつけない以上は、頭から、結果と見られべき作物を棄てて源因と認めべき或物の方から説明して、溯る代りに、流を下ってくる方が善い訳になります。
つまり角があるから牛で、鱗があるから魚だと云う代りに、発生学から出立して、どんな具合に牛ができ、どんな具合に魚ができるかを究めた方が、何だか事件が落着したような心持が致します。