恐らくその結果は、少年をして質実堅忍な気風を慕うよりか、軽躁飄逸を喜ぶことになり、正しきためには、自己をも犠牲にせんとする純情よりは一掴千金の富貴と成功を夢むこととなり、いつしか高邁なる勧学の精神を失うと共に、読書力の低下を示すでありましょう。
このことは当然であって、敢えて不思議とはしないのであります。
此の如きは、たとえ雑誌が商品なる故に、営利が目的としても、成人の場合なら知らず相手が正直な児童であるかぎり、良心的に許されざることであり、一方、真理へ向かって歩む文化への冒涜でなければならぬのであります。