殊に今日田舎へ帰って見た時に、いっそう、当時が追懐されてなつかしさを覚えられたほど、いまは全く様子が変わってしまったのでした。
それは、都会からずっと離れている処ならばいざ知らず、日に幾回となく汽車が通過して、そのたびに都会から流行品や、新聞、雑誌のようなものは勿論、また人間が降りたり乗ったりするのでは、常識的に考えても、田舎がいつまでも田舎の面目を保たれるということがない。
一国の景気、不景気は、中心の大都会も、田舎の小都市もほとんど同時に波動することからして、思想的にも経済的に、諸般の現象がいつまでも異なっている筈がなければ、またその対策の如きも同じからざるわけがなかったからです。