一国の景気、不景気は、中心の大都会も、田舎の小都市もほとんど同時に波動することからして、思想的にも経済的に、諸般の現象がいつまでも異なっている筈がなければ、またその対策の如きも同じからざるわけがなかったからです。
村から学校へ通う女学生の風俗すら、その時分と比較してみれば変わりようも甚だしければ、また弁当箱を下げて、近接した町の小会社や、工場へ通勤する青年の数も多くなったのに驚かされます。
これを見る時に、やがては田園は破産して工業化してしまうであろうと思うことは仮に早計であったとしても、資本主義化されつつあるのを感じないわけにはいかないのです。