これを見る時に、やがては田園は破産して工業化してしまうであろうと思うことは仮に早計であったとしても、資本主義化されつつあるのを感じないわけにはいかないのです。
真理の進行というものが、一定の段階を踏んで行くものであり、飛躍することもないかわりに、また何人の力をもってしても、その行進を停めることができないとしたら、またそのことが、すでに真理であるなら、今日の農村が、ふたたび原始的の状態に帰るものではないといわれたことがうなずかれる。
古い夢の減じつつある農村には、いまや新しい希望が生まれなければならぬ時に際会しています。